「…なるほどな」
7月29日午前10時50分ごろ。8時ごろには少しいやだった花音との馴れ合いだが、俺、増田勉は、今では慣れてしまった。それどころか、今では春樹以上に親しくなってないか?誰にも打ち明けたことのない俺の過去など、俺のすべてを花音に打ち明けているし。
柚原花音。丹生川中学校に通う中学2年生。今現在は、東京で働いている兄のところに行くためにこのバスに乗ってきたとのこと。
…そして、当然ながら、俺よりも親には恵まれている。少しうらやましい。
…そして、田舎ではなし得ない出逢いを求めていた、とのこと。
まんまと、俺は乗せられていたのかもしれない。その、出逢いになったのだから。でも、いま、ここまで親しいのだから、別に嫌ではない。
だが、ここまで馬が合うのは初めてだ。話を始めると止まらないというのは、こういうことか。
…なんか、本当に初めて心が満たされた気がする。
花音が言う。
「でも、勉くんも本当に大変ね。そんな事情があったなんて。」
おそらく、「脱走」のことだろう。
かのん が考え込む。
「どうしたんだ?」
「あ、そうだ、だったら、うちに来ない?」
「うち?」
「うん、とりあえず私のお兄ちゃんのところに行ってさ、私から親に頼んで勉くんをうちの養子にすれば、あなたの宿敵の父親から離れられるよ!そうすれば、私もずっと 勉くんと一緒にいることができるしね。どう?」
「最後の言葉を軽々しく言うのに驚いたよ。ずっと一緒にいたいとかさ。」
「…あ…」カァァ
「…でも、本当にいいのか?」
「いいでしょ、お兄ちゃんと協力すれば、実現できるよ!」
「ほ、本当か…?」
「だから、本当だって言ってるでしょ。」
「いいのか?」
「だから、いいって言ってるでしょ!」
なんと…。
「う…あ…。」
自然と涙がこぼれる。
「ど、どうしたの、勉くん!?」
「…いや、嬉しいんだ。今まで、こんなふうに、人に優しくされたこと、今まであんまりなかったから…。ありがとう、花音ちゃん。」
「…やっと花音ちゃんって言ってくれた。でも、ありがとう、は成功してから言ってよね。」
「…そうだな。そこまで頑張ってみるよ。」
「いいえ、私と一緒に頑張るのよ!」
「…それもそうだな。」
ふと時計を見ると、11時を指していた。
その時。
突如として、アナウンスが流れた。
「お客様、大変申し訳ございませんが、緊急で確認しなければならないことが発生したため、この先のチェーン交換所で一旦停車させていただきます。お急ぎのところ申し訳ありません、何卒ご協力よろしくお願いします。」
「な、何これ?」
当然、花音ちゃんは混乱している。それは、俺も同じだった。
バスが左右に揺れた。高速道路にある、チェーン交換所に入ったのだろう。
バスが、停車した。そして、このあと、驚愕のアナウンスが流れる。
「本部からの連絡で、増田勉という人を探してください、という連絡が入りました。増田さん、この中にいませんか?いたら、手を上げてください。」
誰も手を上げない。
これ、確実に、俺が呼ばれている。
「ねぇ、これって、一体…?」
かのん が問いかける。俺には、心当たりがあった。
そうだ。父親には完璧にバレないようにしていたが、母親の方は、気を取られて何も対策を施してなかった。ということは…。
「間違いない、警察が、俺を、探しているんだ…。」
「え、どうして?」
「おそらく、勘のいい俺の母が気づいて通報したんだ。そして、どうやって特定したのかは知らないけど、警察が、このバスに乗っていることを突き止めたんだ。」
「そんな…でも、どうやって…?」
「…唯一の手がかりとも言えるのは、向こうに置いた俺の自転車か。でも、自転車通学ではないから、ステッカーははられていない…。まさか…。」
「どうしたの?」
俺の自転車を見分けることができるのは、彼しかいない。
「春樹が、捜索に協力していたのか…?」
「ちょっと待って、春樹って…。」
再びアナウンスが入る。
「…わかりました。では念の為、このバスに乗った目的を説明させていただきます。ではまずそこのあなた…」
俺は勘づいた。
「…そうか。目的が怪しい者を、俺とすることで、俺を特定する気なのか…。」
かのんちゃん が答える。
「え、ちょっとまって、私は…?」
「花音は正直に答えて。」
「え、それじゃ…。」
運転手が、聞き込みしながら、こちらに向かってくる。
さて、どうしようか。
そう、俺が考えていた時。
「そこの人、何の目的でこのバスに?」
この質問に、花音ちゃんはこう答えた。
「東京にいるお兄ちゃんに会いに行くため、です。」
「わかりました、では、隣のあなたは?」
ついに俺の番か。さて、どう答えるか。
そうして、口を開こうとした時に。
「ちょっと待ってください!」
こう割り込んできたのは、花音ちゃんだった。
「この人は、私の連れなんです!」
は、な、何勝手なことを…。
運転手がこう言う。
「連れ、というと?」
急に、花音ちゃんが抱きついてくる。
「私の彼氏です!東京にいるお兄ちゃんに会いに行くことを決めたときに、私が誘ったんです!」
は、はぁ!?俺が、花音ちゃんの、彼氏!?ちょっと、何勝手なことを言ってんの!?
「そ、そうなんですか?」
当然、運転手も動揺していた。だが、このおかげで、どうにかこの危機を切り抜けられそうだ。
「そ、そうですよ。」
こう答えると、運転手が頭を下げた。
「大変失礼いたしました!では次の方…。」
こうして聞き込みは終わった。
「大変ご迷惑をおかけしました。それでは、発車いたします。オリンピックによる渋滞とこの遅延により、中央道八王子への到着は10分ほど遅延し、11時28分頃になる予定です。」
バスが発車した。当然、俺は、花音ちゃんに問う。
「か、花音ちゃん、これは、一体…。」
「朝、私の空腹を満たしてくれたお礼よ。」
「いやいやいや、連れってなんだよ。このバスで偶然出会っただけじゃないか。それに、彼氏…とか、一体…。」
「あの危機を乗り越えるためのこじつけ、ってわけでもないかな。半分、本気なんだけどねー。」
「…ちょ、そういうふうにからかうのやめてよ。」
「からかってるわけじゃないよん。」
「あー、もう…。」
このこじつけカップル?らしき人たちを乗せ、バスは走っていった。
「…わかりました。ご協力ありがとうございました。」
高山市内のバスセンターに再び折り返しの連絡が来たのは、11時9分のことだった。
警官2人が話す。
「どうでした?」
「どうやら、見つからなかったらしい。では、ご協力ありがとうございました。我々はこれで。」
警官2人が立ち去っていった。
1人の警官が問う。
「見つからなかったって、どういう意味ですか。」
「そのままの意味だ。例のバスに、勉は乗っていなかったらしい。」
「じゃ、どうやって東京に?」
「分からん。だが、どちらにせよ、最終目的地は健介のところのはずだ。そこの住所と電話番号はわかるよな?」
「はい、個人票にあります。」
「よし、そこに連絡を取れ。だがその前に、東京警察署に連携を頼んでくれ。ある作戦を実行する。」
「ある作戦、ですか?」
「ああ。勉が着く前に先回りして、健介のマンションの部屋に警官を忍ばせ、健介と勉が接触したところで捕まえる、って手はずだ。」
「なるほど。わかりました、すぐさま連絡を取ります。」
警官の1人が携帯電話を取り出した。
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