脱走 Re:RIse(活字版)


第7章 2人の移動

7時45分。

もうとっくに平湯を過ぎ、乗客の入れ替えこそあったものの、相変わらず満席のままだったバス車内。

私、柚原花音は、隣の彼にお礼を言い出せずにいる。

実は、ご飯を持ってきておらず、さらに寝坊が原因で朝ごはんも食べておらず、お腹が減っていた私にとって、カップラーメンを差し出してくれた隣の彼は、まさに救世主そのものだった。当初は遠慮したが、やはり体は嘘をつかず、再びお腹か鳴り、私はやむを得ず彼のカップラーメンを頂いた。しかし、ラーメン用のお湯まで用意しているなんて、まさに周到な準備だった。そしてラーメンを食べたのだが、隣の彼は、あれ以降何も言わず、スマホを触ったり、Switch Liteでゲームをしたり。現在はぼんやりと景色を眺めていた。一応ゴミは彼が持っていってくれたのだが、あれ以降何も言わないもんだから、こちらからも言いづらかった。

隣の彼を見る。やはり、景色をぼんやりと眺めている。しかし、その顔は、なんか憂鬱そうだった。

親切な彼。彼氏が欲しかった私にとって、出逢いを求めていた私にとって、これはチャンスでもあった。容姿も結構いいし、優しいし、静かな方で、私にとっては好きなタイプだった。でも…。

「どうしました?」

「え?」

しまった。そうこう考えていたら、いつの間にか彼をじっと見つめ続けていたようだ。これじゃまるでストーカーよ…。

「なにか、御用ですか?」

それでも、全く動じない彼。今しかないと思い、開き直って私はこう言った。

「さ、さっきは、誠に、ありがとうございました!」

どう…?彼の反応は?

「え、いきなりどうしたんですか?」

え、どういうこと?

「だ、だから、さっきのカップラーメンのことです…。」

彼が答えた。

「ああ、気にしないでください。昨日買いすぎただけですし。」

…すごい。全く、動じていないなんて。彼がさらに言う。

「それより大丈夫ですか、腹が減りすぎて疲れてる感じでしたが。」

「え、ええ、ありがとうございます。おかげさまで。でも、どうして私に?」

「腹が減りすぎて動けないあなたを、見ていられなかったんです。」

え、そういう人なの?ホント、優しいわね…。

…よし、千載一遇のチャンス!アプローチしてあげる!

私は、彼の手を無理矢理引っ張り出し、握手した。

「私、柚原花音って言うんです。あなたは?」

彼は少し驚いた様子だったが、こう答えた。

「…増田勉です。」

 

突然、隣の子が俺の手を無理矢理引っ張り出し、手を握られた。

唐突の握手。そして、隣の子が、こう言った。

「私、柚原花音って言うんです。あなたは?」

なぜ唐突の自己紹介。ただカップラーメンをあげただけなのに。

ま、かわいい子に迫られるのは、悪くはないが…。

俺は、こう答えた。

「…増田勉です。」

かのん、と名乗った女の子は、さらに質問を畳み掛けてきた。

「中学生ですよね?何年生です?」

俺は答える。

「…中2、ですが。」

「私と同じ!ここまで知り合ったなら、もう普通に、友達になりませんか?」

な、何だコレ…。さっきまで緊張していたみたいなのに、今ではここまで積極的って、これは一体…。かわいいから拒絶も出来ないし、これ、何かの罰ゲームか…?

…ああ、もう、勝手にしろ!

「…いいですよ!!」

花音が答える。

「やった!じゃ、これからあなたを、勉くんって呼ぶね!」

「べ、べんくん!?」

「私のことは、花音ちゃんって呼んでね!」

ちょ、勝手に話進めんなよ…。

「じゃ、これから、いーっぱい、勉くんのこと教えてね!私も、いっーぱい、私のこと教えてあげるから!」

「う、うん…。」

…家から脱走したら、今度はかわいい女の子に捕まるか。

「ホント、逃げ場ねぇな…。」

「聞こえてるよ?」

「なっ!?」

「逃げ場って、何?」

…こりゃ、親戚の家に行くまでに、クタクタになりそうだ…。

俺は、今後のことを考えると、とても気が重くなるのであった…。


目次に戻る

次の章を読む

前の章を読む