脱走 Re:RIse(活字版)


第3章 もう一人の中学生

「えぇーっ、明日一緒に行けないのー?」

7月28日。勉が脱走の準備をしていた頃。高山市のはずれにある田舎町、丹生川町のとある一軒家で、1人の女子とその父親が会話していた。

「すまんなぁ、明日急に岐阜羽島のパレオラボまで行かなきゃならなくなったんだ。ママも来てくれって。すまないが、明日、1人で、兄ちゃんのとこに行ってくれ。バスの乗車券は渡しておくし、自由にしていいから。」

「…わかったよ。」

この人は、私のお父さん。普段は丹生川で畑仕事をやっているが、大学時代の影響で、高山の研究施設で材料化学の研究を、私のお母さんと一緒に、畑と兼任でやっている。でも、たまに高山では事足りないこともあって、そのときは岐阜羽島まで行かなきゃいけない。

「何だコレミステリー」っていう番組で岐阜羽島のパレオラボが有名になってから、お父さんやお母さんの仕事も増えたのだそうだ。

そして私の名前は、柚原花音(ゆはらかのん)。丹生川中学校に通う2年生。勉強と運動はそこそこの乙女。恋愛願望はあるのだけれど、過疎地のにゅうかわじゃ出会いもない訳で…だから高校は高山の方に行きたいと思ってる。

実は私には東京の方にお兄ちゃんがいる。とは言っても、10歳近く年が離れているから、ぱっと見兄妹には見えない。お兄ちゃんはもう社会人で、東京の方で職場を見つけて働いてる。夏休み前半は、お兄ちゃんの所に泊めてもらうんだ。

私も、いずれかはああなるのかな…。でも、彼氏は見つけたいな…。

「じゃ、岐阜まで行ってくるよ。」

お父さんがこう言ってきた。

「え、もう?」

お母さんが更に言う。

「だって、岐阜までかかるんだから。明日は朝早くから研究があるから、今日中には行っておきたいの。」

「…わかった。いってらっしゃい。」

「いってくるわね。」

「東京でイイ出会いがあるといいね。」

お父さんがこう言った。当然、私は、

「ちょっと、お父さんはそんな心配しなくていいから!」

「はいはい。行ってくるよ。」

お父さんの車が出ていった。

「1人かー…。」

今回は、東京に行くついでに、オリンピックも見に行く予定だ。でも、家族がいないんじゃ、少しつまんない。たとえ東京でいい出逢いがあっても、その場限りなんだろうし…。

明日の準備は万端。明日は6時47分発のバスに乗って、お兄ちゃんの住む新宿近くの高層マンションに行く予定。後は、早起きするだけ…。

「でも、なんか、何か起こる気がするなぁ…。」

そう、私は思いながら、スマホを立ち上げた。iPhoneじゃないスマホ。ホントはiPhoneが欲しかったけど、値段が高くて買えずに、この格安中華スマホを買う羽目になった。確か、UMIDIGI Power3って名前だったっけ。お父さん曰く、2万円を切る価格なのにiPhoneよりすごいんだって。確かに、iPhoneより画面は大きいしカメラも多いけど…ダサいし、みんなの前では少し恥ずかしくて使えない…。でも、電池は持つかな。確か、回線はLINEモバイルの通話し放題プランだったっけ。

…明日、いいことがあるといいな。

そう思いながら、ツムツムを開いた。


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