「…なるほど、だいたい事情はわかった。」
東京都新宿区内高層マンション。その中の部屋で、私、柚原花音と、勉くん、そして私のお兄ちゃんが話をしていた。
私が勉くんの事情を話すと、お兄ちゃんがうなずいた。
どう…?これで、お兄ちゃんが、彼を養子にするか交渉してくれれば、私は、勉くんとずっと一緒にいられる。そうすれば、私と べんくん は…。
「わかった。僕の方から、親に進言してみよう。」
「ほ、本当に!?」
やった!これで、私と 勉くんの家族計画実行へ、一歩進んだ!あと少しで、勉くんは私のものに…!
勉くんの反応は?私は、べんくん の方を見る。
ぽかーん。
喜んでいるのか、何なのか、わからない表情をしていた。
勉くんが言う。
「ちょっと、よく分かりませんが、本当なんですか…?でも、それは…。」
お兄ちゃんが答える。
「察しの通りです。うちの親はいいと言うでしょうが、問題は、そちらの親です。養子縁組は、両方の親の同意の上で成立するものですから、両方の親が同意しなければなりません。しかし、この話を聞いていると、そちらの父親は頑固ですから、可能性はあまり高くないと…。」
「そんな…。」
私はため息をついた。
「…かのん、一応、仕事が一段落した明日親には言ってみるから、もしかしたらいけるかも、だぞ。」
「…そう、そうよね!」
私は、無理矢理自分を納得させていた。
その時。
勉くんのスマホが鳴った。
突然、俺、増田勉のスマホが鳴った。ライン通知だ。
さっきまで、なぜか俺を、花音ちゃんの家の養子にするというとんでも計画を本当に実行しようとしていたのだが、一体、何だ。
スマホを開く。その時、花音ちゃんが、言葉を発した。
「あれ、そのスマホ…。」
かのんちゃん も、慌ててスマホを取り出す。画面の形は、全く同一だ。だが、背面が異なる。これは…。
「そのスマホ、もしかして、UMIDIGI Power3か?」
俺がこう言うと、かのんちゃん もうなずく。
「まさか、同系統のスマホを使っているとは…。俺のやつは、確か、それの上位機種の、UMIDIGI F2だったはず。」
UMIDIGI Power3は、俺の買うスマホの候補にも入ったスマホだ。デザインの好みでUMIDIGI F2を選んだが、ここまで2人の偶然の一致が多すぎると、この出逢いは、必然だったのではないか、とまで思えてくる。
「そんなことより。」
俺はスマホのロックを解除し、通知バーを開いた。
母からのLINEだった。周りから連絡が取れないよう、LINEは開かずにいたのだが、母から、こんなメッセージが来ていた。ギリギリ、通知バーにフル表示させている。
『見れてる?ごめんなさい、今まで辛い思いさせちゃって。でももう大丈夫よ。離婚届を先程市役所に提出したわ。明日にも家庭裁判所で離婚裁判。できるだけ親権は私に来るように頑張るけど、また結果は知らせるから、隙を見て戻ってらっしゃい。待ってるよ。』
「これは…。」
「どうしたの?」
花音ちゃんが問うてくる。
離婚…?これが実現すれば、養子縁組を組むことなんて容易じゃないか?
早速、開斗さん に伝えてみる。
「開斗さん、たった今俺の母親から連絡がありました。どうやら、離婚届を提出、明日にも裁判に入るとのことです。」
かいとさん が答えた。
「何ですって!?親権が、母親に渡れば、養子縁組を組むのは容易ですよ!」
花音ちゃんが、兄貴に問いかける。
「ちょっと待って、お兄ちゃん、どういうこと?」
「勉さんの親が、離婚した。裁判の結果次第だが、勉さんの母親に、彼の保護者の権利が渡れば、勉さんを養子にできる可能性が、極めて高くなる、ってことだ!」
「本当!?やった!これで、勉くんは私のもの!」
「その発言は誤解を招きかねないぞ。」
花音ちゃんの言葉に、俺はすかさず返す。
かいとさん は、
「本当、勉さんは妹に好かれてますね。妹を、よろしく頼みます。」
と誤解しており。
「ちょ、それは誤解です!」
唐突に、花音ちゃんが俺の手を引いた。
「それじゃ、早速、私とデートにいこっ!さ、いこいこ!」
俺は驚愕する。
「ちょ、そういうのはもう少し計画を練ってからだな…って何言ってるんだ俺まで!開斗さん、花音ちゃんになんか言ってやってください!」
開斗さんは、こういった。
「デート楽しんでおいで。くれぐれも道には迷うなよ?」
「わかってるよお兄ちゃん!」
こんな事を言われるんだから、俺は、当然こうなった。
「ちょ、開斗さんまで何言ってるんですか!勘弁してください!」
「じゃ、行ってくるねー!」
無理やり手をひかれ、俺は玄関の外に、花音ちゃんごと弾き飛ばされた。
「ちょっと、何やってんのー!」
「いいからいいから。さ、こっち来て!」
「わー!かいとさん、助けてくださーい!!。」
俺は、無理やり外に連れだされた。時計は、午後1時40分を指していた。
午後10時頃。
俺、増田勉は、花音ちゃんに連れまわされ、花音ちゃんが道に迷い、結局俺がスマホで道案内をしてどうにか帰ってこれた。その後、残っていたカップラーメンを食べようとしたが、花音ちゃんに誘われて、みんなでご飯を作り、みんなで食べた後、敷布団を借りて、現在布団の上でたそがれている。結果的に、疲れ果ててしまった。
本来、家から脱走して、親戚の家に向かい、そのままそこに住むはずだった。しかし、偶然 花音ちゃんと出会い、全てが狂ってしまった。花音ちゃんの家の養子にするとか言い出し、花音ちゃんの兄貴のマンションに連れてこられ、花音ちゃんに連れまわされ、現在はこうしている。あまりにも異常な状況だ。確かに、「家から脱走する」という目的は達成できるかもしれないが、全然、思ってたんと違う。
そして、この状況を、まんざらでもないと思っている自分もいる。花音ちゃんと一緒に居られるなら、柚原家の養子になってもいいと思っている。そのほうが、心が満たされるから。これも、やはり異常な状況だ。
心が満たされるから。そうしたいという思いがあるから、こうでもいいなんて、これまで、思ってこなかった。父親に虐げられていた俺は、父親の機嫌を気にして、自分の感情を封じ込めることで、精神が崩壊するのを防いでいた。その結果、「父親から離れたい」、「楽になりたい」をこれまでの行動原理として、効率を重視し、人間らしさを捨ててきた。
だが、花音ちゃんと出会い、親しくなることで、何かが、俺の中に芽生えつつあった。単純に、気が合うとか、親しいとか、そういうことではない。一緒にいたいとか、そう思うこの気持ち。心の底から来る、この、暖かさ。花音ちゃんから、離れたくないこの感じ。綾波レイの言葉を借りれば、ポカポカする、この感じ。
よくわからないこの気持ちは、一体…。俺は、自分の心に、従って良いのだろうか…。この気持ちの正体もわからないのに…。
「勉くん、ずーっと一緒だよー…。」
隣に寝ているかのんちゃんの寝言か?本来、隣に寝て欲しくなかったが、「ここ以外寝る場所がない」とか言って隣に寝ているのだ。本当は、他にも寝る場所あるくせに。
…でも、このほうがいいや。
寝言にまで言うってことは、花音ちゃんもそうしたい、とのことなのだろう。自分の心に従っているのだろう。なら、俺も、自分の心に従おう。そう、思った。そうして、眠りに落ちていった。
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