脱走(Update Edition)


4.危機

「これより、しばらく渋滞が予想されます。停車にご注意ください。」

ゲームをクリアしたすぐあとのこのアナウンスが流れた。今は午前10時半過ぎ。窓から景色を見ると、車の流れが明らかに多くなっていた。バスの速度もだいぶ落ちている。

車が多くなったということは、それだけ東京に近づいているということだ。僕は、その先の新生活に淡い期待を寄せていた。

その時、突然バスが止まった。

僕の席は一番後ろだったが、前を多少覗くことはできる。覗いてみると、前には長い車の列があった。

「いよいよ渋滞にはまったか…。」

思わず僕はそうつぶやいた。その時、運転席の方で何かが鳴るのを聞いた。

 

少し時はさかのぼり、午前10時。

このころ、先ほど清水平から手掛かりを聞いた2人の警官は、勉の親戚の家の場所を特定するため、市役所に立ち寄っていた。

「はい、このデータです。」

職員が、勉の個人情報を載せた紙を警官に渡した。

「これが…。」

「あ、先輩、ここです、ここ。親戚について書かれています。」

そこには、こう書かれていた。

『親戚あり、増田健介、増田優子 子供がいる。住所 東京都新宿区6丁目125番地高層マンション301号室』

「この増田健介、優子って誰だ?」

市の職員が答える。

「はい、勉の母真理子の弟です。優子は、その人の妻です。」

「そうか、ありがとう。この神、持っていっていいかな。」

「はい、構いませんが、使い終わったらシュレッダーにかけてくださいね。」

警官2人は、市役所を立ち去った。

「先輩、何かわかったんですか?」

「ああ、これでようやくすべての辻褄が合った。」

そう言うと、語り始めた。

「おとつい怒られた勉は、それをきっかけに家出する決意を固めた。昨日は物をそろえるために準備し、今日朝早くそれを実行した。そして、高速バスに乗り込み、親戚がいる東京へ行った。」

「ではなんで、朝早く行く必要があったんですか?」

「安全に親の目を盗んで家を出るには、親が眠っている早朝しかないだろう。さらに、スマホで調べてみたのだが、早朝に出る新宿行の高速バスは6時半のものしかない。つまり、そのバスに乗ったとしか考えられない。」

「え、じゃあ…。」

「ああ、そのバスの運転手に連絡をして、勉を取り押さえてもらおう。それしかない。」

「わかりました。では、濃飛バス本社と連絡を取りましょう。」

警官の1人が、スマホを取り出した。

午前10時25分。

私たち2人の警官は、濃飛バスターミナルの管理センターにいた。

「わかりました。少々お時間をいただきますが、新宿行のバスの運転手におつなぎしましょう。」

よし。私たち2人は、部長が言ったその言葉に、そう思った。

それから5分後。再び部長がこちらに来た。

「つながりました。では、受話器をこちらに渡しますので、ご用件をお話しください。」

警官の1人が受話器を受け取った。そして、話し始めた。

「もしもし、こちら高山市内の警察官の、野山誠と申します。実は、今日こちらで、打保勉という人が行方不明になりまして…」

 

『…捜査の結果、あなたが運転しているバスに乗っている可能性が高いことがわかりました。お忙しいところ申し訳ないですが、乗客の中にその『打保勉』という人がいないか探してください。わかり次第連絡をください。よろしくお願いします。』

運転しながら通話できる機器を使っているためか、後ろからでも耳をすませば電話の内容も聞き取ることができた。

これはヤバい。そう、打保勉は思った。

ばれている。僕の計画が。なぜだ?どこから漏れた?GPSは使えなくしたし、変装したし、第一そのことは周りには言っていない。手掛かりは…ないことはない。友達の清水平。親の証言。そして、僕の個人情報…。

ヤバいと思ったが、同時にアナウンスが流れた。

「緊急で確認しなければならないことがあるため、近くのチェーン着脱場にて一旦停止します。お急ぎのところご迷惑をお掛けしますが、ご了承ください。」

そう言うと、近くにあったチェーン着脱場に方向を変え、そこに入っていった。

どう確認する気なんだ?そう思ったとたん、バスが停車した。

「聞きたいことがあります。打保勉さん、この中にいませんか?」

誰も返事する者はいない。

「ではこれから、あなたがどういう仕事をしているのか聞きたいと思います。まずそこの人…」

そうか。そう来たか。そう質問して、答えられなかった人や時間がかかった人が打保勉であるということか。ならば、設定を考えておかないと…。

僕は’荷物が多い。服は、白っぽい服を着ている。ならば…。

「はいではそこの人、次にそこの人…」

少しずつ近づいてきた。僕は覚悟を決め、待った。

「はいではそこの人、どういう仕事をしていますか?」

僕はすぐに答えた。

「日赤病院の手伝い役として来ています。今回は出張で高山に行っていました。しかしなぜ、このようなことを聞くのです?」

我ながら、ここまでうまく演じることができた。運転手も納得したようで次の人に切り替えていた。

これで安心…。ようやく運転手も席に戻った。そして、アナウンスが流れた。

「ご協力ありがとうございました。では、再び出発します。」

そう言うと、再びバスは出発した。どうやら運転手は警察に結果を報告しているらしく、声が聞こえた。僕はその会話を盗み聞きしていた。

 

午前10時44分。

バスから再び連絡が入ったのはその時間だった。

「…そうですか。わかりました。ご協力ありがとうございました。」

そう言うと、警官は部長に受話器を渡した。

「先輩、どうでした?」

「どうやら、見つからなかったらしい。では部長、ありがとうございました。我々はこれで失礼します。」

そういうと、2人は去っていった。

「見つからなかったって、どういうことですか。」

「そのままの意味だ。バスに勉は乗っていなかったらしい。」

「え、じゃあ、どうやって東京に?」

「わからん。タクシーとかであればどうしようもないが…だがどちらにせよ、最終目的地は親戚の家のはずだ。その家の電話番号はわかるか?」

そう言うと、1人はカバンの中をあさりだした。

「はい、確か…あ、ありました。載っています。」

「よし、そこに連絡を入れろ。だがまずはその前に、東京警察署に連絡を取れ。ある作戦を実行する。」

「ある作戦、ですか?」

そう言うと、警官は作戦について語り始めた。

 

ようやく始業式の長い話が終わった。長かった…。

そう、清水平は思った。今は午後12時16分。予定では、ここで弁当を食べた後、入学式になるのか…。そう思った時、ある生徒が先生に聞いた。

「勉さん、まだ見つからないんですか?」

「ああ…。どうも進展していないみたいだ。見つかったらまた言うからな。」

え…。まだ見つかってないのか。やばいな…。そう思った。

 

突然、景色がひらけた。

そこには、ビルが立ち並ぶ町があった。それも大きい。間違いない。東京に来たのだ。そう、打保勉は思った。渋滞も終わり、その最中にあった危機も乗り越え、ついにここまで来たのだ。ここからが本番だ。母の弟の家へ行き、住ませてくれるよう交渉する。今は午前11時55分。日も高くなってきた。よし、と僕は覚悟を決め、席に体を沈ませた。


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