脱走(Update Edition)


3.脱走

何かが鳴っている。

そう気づいて、打保勉は目覚めた。そうだ。4時15分にアラームをかけておいたのだ。

今は朝。本来なら今日が新1年生の入学式だが、僕にとって今日は重要な日だった。

脱走の日。そう自覚して、僕は昨日準備した鞄を引っ張り出した。

大丈夫、物はすべてそろっている。食料は、行く途中のコンビニで買えばいいだろう。

服を着て、僕はそっとドアを開けた。静かに外に出た。そっと、しかし素早く階段を降り、何事もなく玄関にたどり着いた。ドアの隙間から寝室を覗いたが、僕が外に出ることに全く気付いていない。

玄関のドアを開け、僕は外界に出た。ドアがそのまましまったが、家のドアがオートロック式だったのがせめてもの救いだった。つまり、鍵が開いたままで親に怪しまれることはない。そのまま僕は自転車に乗り、鍵でロックを解除し、鞄をカゴに入れ、ライトをつけ、出発した。

まだ4時半なので、空は暗かったが、街は明るかった。僕は、すぐ近くのコンビニに立ち寄り、カップラーメンを3つ(朝、昼、夜用)とお茶のペットボトルを買い、大型の水筒にカップラーメン3杯分の熱湯を注いだ。店員が一瞬驚いた眼でこちらを見たが、特に怪しまれなかった。

そのまま自転車を走らせ、ようやく高山駅に着いた。時刻は5時12分。猪谷行の列車に乗るために来ていた外国人が少しいた。6時半発とはいっても、荷物を乗せたりするから、6時15分あたりには来るはずだ。僕は自転車を折りたたみ、ベンチに座ってバスを待った。

 

6時を過ぎた。その時、駅にバスが入ってくるのが見えた。

まあこんなものか。バスは止まり、ドアが開く、車庫から出てきたばかりのバスのため、特に客は乗っていない。すると、アナウンスが流れた。

「6時半に、この新宿行バスが出発しまぁす。荷物のある人は、バスの下に乗せて、ご乗車ください。繰り返します…。」

よし、乗ろう。そう決意した僕は、バスの下に折りたたんだ自転車を入れてもらい、あらかじめ買っていたチケットを運転手に見せ、バスに乗車した。

早い時間だったが、僕以外にもバスに乗ってくる客はそれなりにいた。混雑を予感した僕は、早歩きでバスの奥に行き、席に座った。

この座席は、とても座り心地が良かった。しばらくゆっくりしていると、どうやらお客が全員乗ったらしく、ドアが閉まる音がした。

「それでは、新宿行高速バス、出発しまぁす。シートベルトをご着用ください。」

僕はシートベルトを着用した。すると、バスが走り始めた。僕は眠たくなっていた。そうだ、いつもより早く起きたんだった…。そう思ってすぐ、僕は眠ってしまった。

 

「あれ、勉は?」

教室内で誰かがそう言った。そういえば、今日はまだ1回も勉を見ていない。

清水平は、ふとそう思った。先生が出欠確認している最中で、また誰かが先生に問うた。

「勉さん、今日休みですか?」

「いや、親からも連絡が来ていない。なぜ来ていないのかわからんが、こっちの方で確認してみる。またわかったら言うからな。」

なんでだ?なんで来ていない?そういえば、昨日元気なかったなと思った。何かあったのか?今日は、クラス替えでドキドキする日なのに…。

 

ふと僕、打保勉は目覚めた。

ここは、高速バスの中か?そういえば、必死に家から抜け出してバスに乗ったんだったと自覚した。

今、どこまで来てる?時間を確認すると、8時半。窓からは、諏訪湖が見えた。ということは、岡谷のあたりまで来たようだ。

時間的に今は、学校で出席確認が行われて始業式が始まる直前だろう。となれば、僕がいないことに気づいているはずだ。

その時、ある不安が立ち上った、そういえば、僕のスマホには親の見守り機能があり、子供の動向をGPSで確認できるんだったか。となれば、もし親が警察に相談していれば、そのGPS情報が提供されて位置バレするのではなかろうか?制限がかかっているため、完全にはGPSを切ることはできない。ならば、一刻も早く、スマホの電源を切らねば。その衝動に駆られ、急いでスマホの電源を切った。

これで大丈夫。僕自体は大人に変装しているし、もうこれで自分の場所を特定されることはない。東京にいる母の弟と会うときを除けば…。

その時、僕の腹が鳴った。そういえば、まだ朝ご飯を食べていないんだった。リュックからカップラーメンと水筒を取り出すと、カップラーメンに水筒に入っている熱湯を注ぐ。3分後、割りばしで中身を混ぜ、口に食べ物を運んだ。もう高速道路に入っているのもあって、振動も少なく食べやすかった。食べ終わると、持ってきていたゴミ袋に容器を押し込み、鞄に入れた。暇になった僕は、3DSを立ち上げ、ゲームを始めた。

 

「じゃ、ちょっと待っててな、平くん。」

始業式が始まる、ってなったところで呼び出しを食らった。話によると、どうやら勉の母親が異変に気付き通報したらしく、高山市内で勉を探している警察が、この僕に聞きたいことがあって、この中山中学校まで来たらしい。始業式から抜け出し生徒玄関前にいる僕は、警官2人から聞き込みを受けていた。

「君が、勉君の友達の清水平君だね?」

僕は小さくうなずく。警官の1人が話を続けた。

「知っての通り、君の友達勉君が行方不明になっている。市内を回ったり、親に聞き込みしたりして行方を追っている。そこで君にも聞きたい。昨日、勉に変わったところはなかったか?」

勉のためだ。正直に答えよう。そう思った。

「はい、昨日元気がありませんでした。なんでかまではわかりませんが…。」

「…そうか。父親の話によると、おとつい勉に対して怒ったそうだ。それが原因で家出したのではないか、と私たちは考えている。君の話はそれに合うな。誰だって怒られると元気を失うものだ。では私たちはまた探しに行く。それじゃあ。」

「ありがとうございました。」

警官たちが立ち去って行った。すると、先生が現れた。

「協力ありがとうな。それでは、途中からにはなるが始業式に戻りなさい。」

僕は先生に言われるがまま、始業式が行われている体育館に向かった。その途中の廊下の窓が開いていた。そこで僕は、戻ってくる警官たちの話を聞いた。

「先輩、やはり『家出した』という仮説はあっていますね。しかし、家出して、どこに向かったんですか?私は祖父の家に行ったかと思いましたが、いませんでしたよね。」

「友達の家にもいなかった…。そうだ、県外に行ったという可能性は?確か、彼には県外に親戚がいたよな?」

「はい、確か…。9時半を過ぎたら市役所に問い合わせてみますね。」

県外?ますますヤバいじゃんか…。そう僕は思った。


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