脱走(Update Edition)


2.脱走準備

その次の朝、僕は目覚めた。

テレビがつけっぱなしだった。消すの忘れたな…と思いつつ、時間を確認してみると、午前6時40分。家族全員いなくなったな…と思った。

父の職場はここから遠く、車で1時間半かかる。しかもその職場は病院(と言っても小さいが)で、早く行く必要はないのではないか、と思ったが、母の話では早く行くことにこだわりがあるらしい。母はコンビニでパートとして働いており、勤務は7時からのため、早く行く必要があった。

南京錠を外してドアを開け、2階から1階に降りて行った。いつもなら朝飯が作り置きされているが、予定通り、作り置きがあった。が、見慣れぬメモが隣に置いてあった。

(今日午前中で終わるんでしょ。私今日は夕方まで仕事しているから、昼飯テキトーに済ましといて。)

そうだ。今日から学校、とはいっても入学式の準備を新2・3年生でやるだけなので、11時30分には帰れるはずだ。

朝飯を食べ、2階に戻る。そして体操服に着替え、7時35分ごろに家を出た。

 

ふと周りを見た。どうやら、「彼」はまだ来ていないようだ。

清水平は、周りの人と話していた。ゲームやなんやらの話で盛り上がっている。

「そういえば、オレNEW3DS買ってもらえたんだ。」

「へぇー、あの2万以上する代物か。どうして買ってもらえたんだ?」

「元の3DSが壊れちまってな。その代わりとして買ってもらえたんだ。」

「え、代わりとして?いいなぁー。お前ん家は。」

僕が口をはさんでこう言う。実は小学生時代にDSが壊れたことがあったが、親は代わりの物を買ってくれなかった。そのため、お年玉を貯めて今の3DS LLを小学6年生頃に買ったのだ。

そうこう考えているうちに、遠くに人影が現れた。それが勉のものであると理解するまでに長い時間はかからなかった。

「おい、『彼』が来たみたいだぞ。」

大きく手を振る。彼も軽く手を振り返し、こちらに近づいてくれた。

 

ようやく学校に着いた。何故か道路を行きかう車が多く、それに邪魔され15分ぐらいかかってしまった。

もうすでにグラウンドには大多数の生徒が来ていた。校門に貼られていた紙によると、現在体育館の水銀電灯をLED電灯に取り換えているため、生徒はグラウンドに集まれ、と書かれていた。それに従って集まったのだろう。

その中に平の人影を見つけた。平も僕を見つけたらしく、手を振ってきた。僕も手を振り返し、平たちに近づいて言った。ようやくこれまでのストレスが少し和らぐ、と思っていた矢先、先生の声が響いた。

「生徒全員、ここに並べー。」

僕もすぐ並びだす。頭の片隅に「脱走したい」という気持ちが少し立ち上がった。

 

ようやく話せる、と思った矢先にこの呼び出しだ。正直イラっと来たが、それは彼も同じだろう。だが、にしては元気が無さすぎる。もともとぼんやりしているとはいえ、その不元気さはいつもの彼じゃない。実際、僕が大きく手を振ったのに、そんなに大きく手は振らなかった。

何かあったのか?一瞬そう思ったが、その思いは次の先生の言葉に埋もれてしまった。

「おそらく9時には取り換えが終わるから、今から1時間を自由時間とする。9時になったら体育館に入って、3月に決めた役割をこなしてくれ。以上。」

なんだよ、この先生。なんでそんな知らせのためだけに整列しなきゃいけないんだよ。どうかしてるよ。そう思ったが、その思いを排除して勉に再び目を向けた。

話さなければ。そんな思いが立ち上がり、僕は彼の背中を追った。

 

「はー、ようやく準備が終わったよ。な、勉?」

1時間の休憩時間の間にどうにか接触できたものの、話題になかなか参加してくれない。今回の言葉にも「うん。」としか反応しなかった。

そのまま彼は家に帰っていった。なんだよ。あいつ…と思っていたが、不安もあった。だが明日、その不安という予感が的中してしまうことになるとは、誰も知らなかった。

 

どういうことだ?

なぜ、いつも通りにふるまっているつもりなのに返事ができない?なぜ元気が無い?

帰り道、勉はそのことについてずっと考えていた。なぜだ…?昨日のやつが響いているのか?そんなことを考えているうちに、あることを考えた。もしかして、「ここ」が性に合わないのか?ならば、今すぐここを出ないと…。その思いが爆発し、僕にある決心をさせた。

「…脱走しよう…。」

思わず言葉が口から漏れた。そうだ。ここから逃げ出そう。東京にいる母の弟とその妻と合流して、住ませてもらおう。4歳の男の子がいたはずだが…まあ、大丈夫だろう。中1になって東京へ電話した時に、「僕のところに来いよ。住んでもいいんだぞ?」とさんざん言っていた。たとえ脱走してまでそこに行ったとしても、僕の母譲りの優しさがある弟さんなら、分かってくれる。問題になったとしても、弟さんが「保護してます」って言えば、おそらく「本当の」親が来る。その時に拒否すれば、これまでの被害を認められ、正式に住まわせてもらえるはずだ。そうなれば、きっと結果オーライだ。

そう自分に言い聞かせているうちに、家に着いた。脱走のためには準備だな…と思い、鍵を開けて家の中に入った。

 

それから2時間後。

脱走の準備を終えた。まずユニクロに行って、大人っぽい服を買った。僕の身長は170センチ近くあり、十分騙せる。リュックは学校のものを使っているが、僕が持っているのは大人っぽいリュックだ。学校のものを使ったのには、明日必ず脱走するという決意が込められている。

中には、3DS、スマホ、DVDプレイヤー、充電器、着替え、東京マップなどがある。食料などは明日現地調達するつもりだ。

今後東京に住むのだから、教科書なども必要になってくる。そのため、自転車にあらかじめ乗せておる。自転車は前と後ろにカゴがついており、さらに折り畳み式だ。そのため、バスに乗せることが可能になっており、それを利用して高速バスを使って東京に行く予定だ。

朝早く出発に限定して高速バスを調べたところ、ヒットしたのは6時半に出るバスのみ。しかも高山駅横のバスターミナルからなので、高山駅から少し遠い家から行こうとすると自転車で15分ほど。そのため、バスの乗車時間も加味して朝の5時半に出る必要がある。しかし、この時間は父も母も起きており、ばれる確率は高い。そこで、朝の4時半に出ることにした。この時間は父も母も確実に寝ている。不測の事態がなければ、十分抜け出せる。問題は、1時間以上ある余り時間をどうつぶすかだ。

その時。ドアが開く音がした。今は4時。母が帰ってきたのだろう。僕は脱走用のバッグを隠した。

明日、必ず脱走する。そう覚悟を決めた後、僕は下に降りて行った。


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