脱走 Re:RIse(活字版)


第5章 偶然の出会い

「あーやばいやばい、寝過ごしたー!」

7月29日午前6時。私、柚原花音は、いま最高に焦っている。本来は5時半に起きてご飯を済まし、6時ごろにゆっくりにゅうかわバスターミナルまで行くつもりだったのに、アラームをかけ忘れていたのだ。

「もういいや、朝ごはん抜いちゃえ!」

簡単に着換えを済ませ、荷物を持ち出し、戸締まりをすませ、玄関を飛び出した。鍵を閉め、自転車に荷物を乗せ、私も自転車に飛び乗る。現在の時刻は6時15分。自宅からバスターミナルまでは、ざっと30分はかかる。

「急げ急げ急げ!」

私はできる限り自転車を飛ばした。

 

バスターミナルに駆け込んだ。時刻を見る。6時41分。バスも、まだ来ていない。

「ま、間に合った…。」

自転車を駐輪場に停め、バスターミナルへ向かう。ちょうど、バスが来た。ドアが開く。

「このバスは、平湯経由、新宿行きです。」

バスの下に荷物を入れたあと、ポケットから乗車券を取り出して運転手に見せる。どこに座ろうか、と座席を見ると…。

「何これ…」

朝早くとは思えないほど混んでいたのだ。ゆっくり休みたいから、できれば後ろがいいのだが…。

「あ、あった」

後ろから2番目、私から見て右側の廊下側。それが、唯一後ろで空いている席だった。そこに座る。隣には、同い年くらいの男子が座っていた。

私と同じ感じかな?そんなことを思っていると、ドアが閉まる音がした。

バスが動き出す。アナウンスが流れた。

「本日は、濃飛高速バス、新宿行きにご乗車いただき、誠にありがとうございます。次は、平湯です。平湯への到着は、7時25分を予定しております。」

どうにか目的のバスに乗り込めた。…と思ったとき、さらなる試練が私に襲いかかる。

ぐうーっ。

結構大きめな音を私の腹がたてたのだ。そうだ、朝ごはん食べてないんだった。どうしよー、こんなに大きな音じゃ確実に隣の人へ聞かれたよー、はずかしー。しばしの空白の時間のあと、顔を赤らめながらおそるおそる隣を見る。何かカバンから取り出そうとしている。

あーもう終わった、この恥ずかしい思いのままバスに揺られるのはいやだ、と、思ったとき。

「あ、あの。」

「ひゃっ!?」

まずい、隣の人だ!私の腹の音についてなんか言うのかな…。

「ち、違うんですよさっきの音は。さっきの音は、私が出した音じゃないですよ、って、あのー」

「これ。」

私が必死に弁明していると、隣の人が何か差し出してきた。カップラーメンと、割り箸だ。

「…え?」

隣の彼が、こう問いかける。

「…これ、食べます?」

 

6時41分。俺、増田勉は、バスの後部座席でぼんやりと景色を眺めていた。その時、アナウンスがなった。

「まもなく、丹生川に到着いたします。お客様乗車のため、一時停止いたしますのでご了承ください。

もう丹生川か。早いな。

丹生川支所のバスターミナルにバスが入っていく。バスが停車し、ドアが開いた。

これまでにゅうかわに来たことなんてなかったが、めっちゃど田舎だな。こんなところから、バスに乗ってくるお客さんなんて、いるはずが。

と、思っていたら。

コッ、コッ。歩く音がした。

ま、マジかよ。ここから乗る人いるんだ。ところが、バスに乗ってきた人は、座席の前で立ち止まった。おそらく、ほぼ満席の中どこに座るか決めかねているのだろう。

バスに乗ってきた人は、女の子だった。それも、俺と同じくらいか俺より下くらいの中学生のように見えた。しかも、かわいい。

東京の親戚に会いに行くのか?と、思っていたら。

その女の子は、なんと、俺のところに向かってきて、俺の隣に座ったのだ。

な、なぜここに。他にも座るところあるだろう。なんで俺の隣をチョイスするんだよ。ま、かわいい人だから、悪い心地はしないが…。

…しかし、この子、随分疲れているようだな。

バスの扉が閉まり、走り出した。アナウンスが流れる。

「本日は、濃飛高速バス、新宿行きにご乗車いただき、誠にありがとうございます。次は、平湯です。平湯への到着は、7時25分を予定しております。」

次は、平湯か。そこで、どれくらい減るのか、それとも増えるのか。と、そのとき。

ぐうーっ。

隣の子の腹が鳴ったようだった。聞かれたと思ったのか、その子は顔を赤らめて手で隠している。

そっか。腹が減りすぎて疲れてるのか。昨日カップラーメン余分に買っちゃったし、1個くらいあげるか。隣で腹が減りすぎて疲れてる人を見ておけないし。この、人間の心がまだ残っている今のうちに。俺はカバンからカップラーメンと割り箸を取り出した。

そして俺は、隣の子に声をかけてみる。

「あ、あの。」

「ひゃっ!?」

その子は驚いたように声をあげ、こっちを見た。やっぱりかわいいな。

その子は、急に慌て始める。

「ち、違うんですよさっきの音は。さっきの音は、私が出した音じゃないですよ、って、あのー」

そんな恥ずかしがることか?人間の生理現象だろ?とりあえず、話をすすめる。

「これ。」

俺は、カップラーメンを差し出した。その子は、きょとんとしている。

「…え?」

俺は、こう問いかけた。

「…これ、食べます?」


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