脱走 Re:RIse(活字版)


第1章 脱走計画

「貴様、子供の分際で、よくその言葉が言えたな!!!」

2020年7月27日。東京オリンピックが始まる直前の、岐阜県高山市、松倉中学校付近。その、2017年に完成し、引っ越してきた新築のアパート「ハナサトアパートメント」の103号室内。そこの、洋室で、俺、増田勉は、父親に、怒鳴られている。

父親は、自己中心的だ。全て自分を中心にまわっていると錯覚している父親は、自分の思い通りにいかなくなると、このように怒鳴るのだ。今回は、俺の一人称が、普段ならば「僕」なのだが、今回は「俺」と無意識のうちに言っていたから怒鳴られている。おかしな話だ。これは今回に限らず、時も、場所も、相手も選ばない。

くそっ、父親のところに俺が飲み物を運んでいったばっかりに…。

「もううぜぇ。とりあえず俺の視界から消えてくれ!!」

はい、今回もそうだ。自分勝手に怒るのもおかしな話だが、さらにおかしな話なのは、このように、一言多いのだ。一言、人を傷つける言葉を発する。親と子という絶対的な上下関係を悪用して。こんな罵詈雑言を浴びせられていたら、そりゃ綾波レイのような無口で無関心な人になるわ。父親は人を傷つける天才じゃないか?

俺は無理矢理追い出され、バタンと大きな音を立ててドアを閉められた。

「まったく…」

俺はため息をついた。さらにこの父親の厄介なところは、「毒親」という点だ。身体的虐待とか、ネグレクトとかをするわけでもないし、いつでもこう怒鳴ってばっか、というわけでもないから、心理的虐待にも引っかからない。グレーゾーンではあるが。だから、警察も下手に手出しが出来ないし、法律も適用されない。どちらにせよ、中学2年生の俺にはどうしようもないのだ。

夏休みが始まったばっかで、オリンピックももうすぐだっていうのに。

「勉ちゃーん、大丈夫ー?」

リビングから声がした。俺の母親だ。優しくしてくれる母親は、この空間での俺の唯一の味方だ。

俺はリビングへ足を向かわせた。ふと、俺の心の中に、「再び脱走したい」という気持ちが立ち上がるのがわかった。

 

母親と俺の寝室も兼ねた和室。先程の洋室の隣に位置する部屋だ。窓側の寝室ではない廊下側が俺のものがある俺の部屋となっている。そこで、俺は、気晴らしに、スマホのゲームをやっていた。この見慣れないスマホの名は、UMIDIGI F2。2万円弱でiPhoneを軽く凌駕する中国の格安スマホだ。去年末の発売だったか。詳しいことはわからないが、側面指紋認証と顔認証、全画面とハイスペックで非常に使いやすい。家は親が共働きで、家族が別行動を取ることが多いため、楽天モバイルのスーパーホーダイプランを契約していて、低速ならネットが使い放題で月額約1480円なもんだから、母親も喜んで契約してくれた。スマホ本体は、母親と同じく俺に優しくしてくれる祖父母にお金を出してもらった。本当に感謝している。

隣においているのはSwitch Liteだ。祖父母に買ってもらったもので、一応大乱闘スマッシュブラザーズが入っている。ま、使い勝手は良くないが。

ふと、一冊のノートが目に入った。小学4年生の頃にかいた反省ノートだ。色々と訳ありで、反省文と漢字計算をびっしりやらされた。

先程俺は「再び脱走したい」と思った。実は俺は、小学4年生の頃、家出を試したことがある。父親が更年期に入り、普段の性格の悪さも相まって、母親と俺に毎日罵詈雑言を浴びせ続けた。それに耐えられなくなった俺は、ちょうど今頃の時期に、家出をして祖父母の家に逃げ込んだが、すぐさま行方を特定され、父親直々に連れ戻され、その後罵詈雑言を浴びせられた後、この反省ノートを書かされたのだ。

次もし脱走するのなら、もう少し計画を練ったうえで行う必要があるな。

財布を取り出す。かねてからためておいた3万円がある。

この時、俺は、再び脱走する決意を固めていた。


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